森と蔵

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STORY of the BEGINNING

茨城県桜川市に、2023年5月に誕生した「森と蔵」は、2拠点生活型賃貸住居8棟とベーカリーがある店舗棟からなる小さなヴィレッジです。入居者募集を開始し、わずか数ヶ月で満室となりました。
住民たちはこの地に何を求めて暮らしているのでしょうか。「森と蔵」にはどんな魅力があるのでしょうか。
地域活性化につながる住居のあり方を「森と蔵」を企画・開発・建設・運営しているグランドデザイン株式会社の代表取締役社長、倉品広樹が解説します。

GRAND DESIGN

グランドデザイン株式会社
代表取締役社長 倉品 広樹

「森と蔵」が好評です。桜川市は自身が生まれ育った土地ですね。

高校まではずっと桜川市で、千葉県の大学に進学し卒業後、桜川市にもどって就職しました。だけど仕事に慣れてくるとだんだん煮詰まってきて、27歳のときに東京の不動産会社に転職したんです。住まいは国会議事堂が近くにある会社所有のマンションでした。東京では毎日、楽しかったです。面白い人がいっぱいいてたくさんの刺激を受けました。
だけど仕事をするうちに気がついたのは、東京ではお金をたくさんもっていることが善だということです。

どういうことですか?

ビジネスではつねに数字の話が中心になります。買い手にとっては貯蓄や年収がいくらあっていくらまで借りられるのか、いくらの物件なら買えるのか。売り手にとっては金額だけではなく時間も数値化され、とにかく早く結果を出せと迫られます。
「いまは買うタイミングではない」というお客様が何年か後に買ってくれる可能性もあるのですが、その人をつないでおこうとはせず、いまお金を払える人を見つけることが正解とされるんです。実際そういう人が見つかるのが東京ですから、関係性を育てる必要はないのかもしれません。それが東京におけるビジネスのやり方でした。

そういうことが積み重なって桜川市に戻ったんですね。

お金も稼げて経済的には満たされていましたが、ゆっくりする時間もなく仕事に振り回されて自分が人生に何を求めているのかわからなくなりました。桜川市でずっと山を見ながら暮らしていたのに、東京のマンションの窓を開けても見えるのはビルばかり。やっぱり地元に帰ろうと思ったのが28歳のときです。

都市と地方のビジネスは何が違うのか?

桜川市では、仕事のやり方が違いましたか?

ここのビジネスはお金だけでは動きません。長く住んでいる人が多いからいかに継続していくかが大事です。いい加減なことをしていたら信用されなくなりますし、自分だけが儲けようとしたら協力してくれる人はいなくなります。それだと事業を継続することはできません。ここはそういう価値観を共有できる、ある意味、すごく人間らしい場所なんです。私はここで勝負していこうと思いました。

どんな事業を始めたのですか?

最初に手掛けたのは、空き家の利活用事業です。桜川市には空き家がたくさんありますから、おもに移住を希望する人たちに賃貸したり、販売を斡旋したりしました。

順調でしたか?

やっていくうちに気がついたのは、流通のスピードが遅いということです。空き家になっていても相続の権利関係が複雑ですぐに売却できないことがありますし、実家を手放したくないという人もいます。私は無理に進めるというやり方はしたくなかったので、売り手の方が納得のいく状況になるまで待ちました。
買い手の方も見知らぬ土地ですから、決断に時間がかかります。リフォーム費用はいくらかかるのか、近隣の人との付き合いは大丈夫かと、心配ごとがあとからたくさん出てくるんです。ほとんどの方は資金的な問題ではなく、ここでの暮らしをうまくイメージできないようでした。首都圏から来る人たちにとって“田舎暮らし”のハードルは私が予想する以上に高かったんです。
これはものすごく時間がかかる事業だなと

打開策はありましたか?

そのときに思いついたのが、2拠点生活、デュアルライフを支援するという事業です。都心で暮らす人たちが地方にも住まいをもって都心と地方を行き来しながら生活するといいのではないかと考えました。それならもっと気軽に“田舎暮らし”が始められます。都会暮らしをやめなくてもいいから、両方のいいところ取りができますし、災害時の避難先としても役立つでしょう。2拠点目となる場所としてつくったのが「森と蔵」です。

資材置き場だった場所を整備して再開発したそうですね。

東京がずっと発展し続けるのは、土地を再開発するからです。東京駅前の丸ビル、六本木ヒルズや東京ミッドダウン、東京スカイツリーや麻布台ヒルズなどどこも時代のニーズにあわせて再開発して新たな活気を生み出しています。そのパワーが東京という街を輝かせているんです。

もちろん地方にビルは必要ありません。桜川市という場所にあうやり方でやればいいんです。まずはやってみよう、と2拠点生活に合う場所づくりを考えました。

当初はドイツ式滞在型市民農園システム「クラインガルテン」の形式をイメージしていたとか。

“田舎暮らし”イコール農業というイメージが私の中にあったんです。田舎にきたら土いじりがやりたいだろうと。本格的に農業に取り組むというより、農的な暮らしができる場所をイメージしていました。農業をつうじて地元に溶け込んでもらいたいという想いもあったんです。
茨城県では、結城郡八千代町の八千代グリーンビレッジや笠間市の笠間クラインガルテンという先行事例があります。どちらも自治体主導で農業を楽しむ暮らしを体験するものです。「森と蔵」は民間として初めての試みでした。

多様な価値観を包括できる場所として

住民の方たちの暮らしはいかがですか?

キャンプやDIY、MTB、ペットとの暮らしなどそれぞれの方がそれぞれに求める暮らしをしています。だけど農業を始めた人は今のところいないんです(笑)。これは予想外でした。田舎で暮らしたいと考える人は農業をやりたいだろう、土いじりがしたいだろう、というのは完全に私の思い込みだったんです。

興味深いですね。ほかに予想と違っていたことはありますか?

地元の方からも「住みたい」と言っていただいたことです。土地の相場から考えれば、安い家賃ではないのですが、それでも選んでくれる人が何人かいました。今は8棟のうち4棟が定住生活の方です。結果としていろいろな人のニーズに応えることができています。

もうひとつ意外だったのは、募集を開始してからずっと女性の方からの反響がたくさんあったことです。女性のほうが自然に対する感度が高いのかもしれません。

「森と蔵」は“田舎暮らし”の可能性を示していますね。

そうなんです。住民の方たちは予想をはるかに上回る多様さで、地方はいろいろな価値観を持っている人を包括できる場所だとあらためて気づかされました。つまり場所さえ用意すれば、人は集まるんです。
地方を開発するとき、ゴルフを楽しむ人向けとか、MTBを楽しむ人向けとか、ターゲット層を明確にして計画を立てることもありますが、「森と蔵」では、それぞれがこの場所に、可能性を感じてくれました。「こんな人に来てほしい」と開発側が考えないほうが、多様な人たちが集まるんです。田舎で暮らしてみたいと思う人は、じつはたくさんいます。

住居が広く、暮らしやすい点も人気の理由のひとつではないでしょうか。

そういう声もいただいています。ここは造りを極力シンプルにして、住宅というより拠点をつくるというイメージでつくりました。玄関先の土間を広くとって収穫した野菜を置いたり、自転車を置いたりできるようになっています。そこに薪ストーブも置きました。その先にすぐリビングが広がっています。リビングの正面には庭があってウッドデッキもつくりました。窓からの眺めもいいんです。西側の4棟は田園ビュー、東側の4棟はマウンテンビューになっています。デザイン性にこだわる人にも「こういう家があるなら暮らしたい」と思ってもらえるようです。

風呂場やトイレ、洗面所が広いのも特徴ですね。

車椅子でも生活できるように設計しました。どんな人もイキイキと暮らせるようにと考えたんです。東京でマンション暮らしをしている方は「トイレやお風呂に窓があるのがうれしい」とおっしゃっています。私にとって当たり前のことだったので、そこにも価値があるのかと。
薪ストーブは、災害時のライフラインとしても役にたつんです。薪さえあれば暖がとれますし、湯も沸かせます。

キリギリスのほうが幸せなのかもしれない

“田舎暮らし”の魅力はどんなところにありますか?

自然と近い場所で暮らすことで、無邪気になれます。邪気がなくなるんです。庭でDIYを楽しんでいる住民の方は、DIYに夢中になると時間の概念がふっとんでしまうとおっしゃっていました。東京で仕事をしているときは、つねに時間に追われるような感覚があるのに、と。そういう制約がない状態に自分を置くことで自由な発想が生まれるのではないでしょうか。

アリとキリギリスの話で、これまではアリのようにせっせと真面目に働くことが大事とされてきました。だけど今は、アリは本当に幸せだったのか、と問う時代になっています。キリギリスのほうが楽しそうでいいじゃないかと思う人が増えているんです。遊んでばかりでは生活できませんが、もっとバランスを考えようよと。遊びはこれからの社会を考えるうえでひとつのキーワードになると思います。

私は自然に恵まれた場所だからといって、アクティブに過ごすことだけがいいとは思っていないんです。家の中で静かに過ごすことが好きな人だっています。それも快適なのが“田舎暮らし”のいいところです。木と水と火がある場所で暮らすことの安心感は、人間が本能的にもっているのではないでしょうか。

“田舎暮らし”に向かない人はいますか?

ここでやりたいことが見つからないとつまらないかもしれません。ただ漠然と自然に囲まれて暮らしたいというだけだと退屈してしまうんです。家の中で静かに読書したいとか、音楽を聴きたいでもいいんです。都会だと音に敏感になりますが、ここではそういうことはありませんから。
住み始めてからでも遅くないので、何か自分でやりたいことが見つけられるといいですね。

人間の能力を磨く移動生活

2拠点生活とは、具体的にどんな暮らしですか?

生活をする場所が2カ所あるということで、東日本大震災以降に注目されるようになりました。「森と蔵」では仕事やほかの用事との兼ね合いで2カ所を行ったり来たりする人が多いです。桜川市は東京から車で1時間半から2時間くらいなので、気軽に行き来ができます。

2拠点生活にはどんなメリットがありますか?

歴史を振り返ると人間は、定住生活よりも移動生活をしていた期間のほうが長いんです。移動生活によって、人間はたくさんの能力を磨いてきました。どんな環境なら快適に暮らせるのかを見分け、不自由な事態に対処し工夫することがうまくなったんです。2拠点生活でも自分がもっている能力をより大きく発揮することができます。
さらに2カ所で生活することで、自分自身を見つめ直すきっかけになったり、新たな自分を発見することもあります。都会の刺激を心地よく感じていたけれど、自然の中で暮らしていると、本来自分はのんびりすることのほうが向いていると気がついた、という人もいます。

逆にデメリットはありますか?

お金がかかることです。家賃もそうですし、移動にもお金がかかります。だから経済合理性だけを追求するなら、価値を見出せないかもしれません。これは生き方の問題で、自分はどんな生き方をしたいのか、なんです。

貸別荘との違いはどこにありますか?

継続して同じ場所に住むことで得られるものがあります。貸別荘を夏の間だけ1カ月借りるとしても荷物も一緒にもって移動しなくてはいけません。それだと旅の延長です。
旅でも新たな気づきや学びはありますが、ひとつの土地に継続して暮らすことでそうした気づきや学びは、より深いものになります。経験として自分の中にしっかり入ってくるんです。いつでも何も持たなくても行ける場所があることの安心感も大きいと思います。

事業として自身でどう評価していますか?

住民の方たちがイキイキと暮らしている姿を見て手応えを感じています。
経済性だけで考えるなら、貸別荘やサブスクタイプの宿泊施設、リゾートマンションの会員権のようなやり方もあります。そのほうが短期的には利益を上げやすいんです。だけどそれだと住民の方と土地とのつながりを育むことができません。
方法として一番ラクなのは、建物をつくって別荘として販売することですが、それだと売って終わり。あとはそこがどうなろうと知ったことではない、ということになりがちです。だけど別荘は、所有者が来なくなると途端に荒れます。そういう別荘が増えると、別荘地全体の価値が下がってしまうんです。地方にはそういう別荘地がいくつもありますが、それだと長期的に見て地方の活性化にはつながりません。
だからやはりオーナーがいる賃貸方式でやることが今のところ一番いいと考えています。

今後の課題を教えてください。

住民ひとりひとりの満足度をさらに高めることです。どなたも自分なりの生き方をもっている様子を見ていると、しっかり運営していこうという責任も感じますし、住民の方たちの生きがいをサポートしたいという想いも高まっています。

何かを見つけるきっかけづくりの場も提供したいと考えています。自然についての勉強会や薪割り体験、DIY教室もいいですね。

これからの住居のあり方を、どう考えますか?

1カ所で完結するのではなく、らせん階段をぐるぐる上りながら、あっちとこっちを行き来できるような生活が理想ではないかと思っています。移動することで脳にいい負荷がかかって新たな発想が生まれますし、それ以上に面白いのは、別の場所で暮らすことで、これまでとは違う新たな価値観と出会えるということです。

どういうことですか?

たとえば地方にいて、山の木を切り倒して太陽光パネルをつくっているのを見ると、そこで得られるエネルギーは地球に優しいと言えるのかどうか、と考えるようになります。一カ所で暮らしていると、一元的な見方になりがちですが、場所をかえたことで、新たに見えてくることがあるんです。
場所をかえれば常識がかわる。常識をかえれば世界がかわる、と私は思っています。

多くの芸術や技術革新は東京から発信されていますが、それらが必ずしも東京で生まれたわけではなくて、東京を離れて自然に触れたりする時間が発想の源泉になっていることも多いんです。これから力を発揮するのは、そうやってうまく自分をアップデートできる人ではないでしょうか。

そういう意味では、私自身も2拠点生活を始めたいと思っています。東京で暮らして、人に会ったり、どこかへ行ったりして刺激を受ける時間をつくりたいんです。東京だけですべてが満たされるとは思っていませんが、地元だけでは満たされない部分もあります。やっぱり東京はたくさんの知恵が集まる場所ですから。

自然は型にはまらないから楽しい

自然の魅力をどんなところに感じますか?

型がないのがいいですね。同じ風は2度と吹かないですし、毎日眺める山の景色だって同じではありません。季節が変われば景色も大きく変わりますし、1日の中でも太陽の高さが変わるだけでずいぶんと違って見えます。知れば知るほど、これはこうとは言えないんです。

自然を大切にするなら、森や畑を人間が開発するのはおかしいということになるのかもしれません。だけど人間だって自然の中で生まれてきた存在です。クモがつくるクモの巣やツバメがつくるツバメの巣のように、ビルだって人間の営みの成果ですから、自然ではないとは言い切れないのではないでしょうか。自然について考えれば考えるほど正解はみつからなくなります。だからこそ実践しながら考え続けるしかないんです。

グランドデザイン社の強みを教えてください。
GRAND DESIGN

会社名の「グランドデザイン」は、長期にわたる設計という意味をもっています。何かを始めるときに、長い目で見た設計ができるということです。
ESG投資という言葉をよく聞くようになりました。これまで投資の世界では、キャッシュフローや利益率など数字だけが判断材料として使われてきましたが、これからは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)も判断材料にした投資が大切だと言われています。社会も変わってきているんです。

私たちは、地方を長期的な視野で開発します。経済性を最優先すると、儲からないことはやらない、効率が悪いことはやらない、ということになるかもしれません。でも私たちはこれまでも地域にしっかり根付くような事業を進めてきました。そこに「森と蔵」の経験も加わりました。
桜川市だけでなく石岡市、笠間市、栃木県の益子町や真岡市など、このあたりには里山を感じられる場所がたくさんあります。都心にあるようなビルや大規模な施設と違うのは、ここにしかないものがつくれるということです。そういう場所を作ることが私たちのこれからの使命だと思っています。

都市と地方をつなぐ未来

今後どんな事業に取り組んでいきますか?

都市と地方をつなぐ事業に取り組んでいきたいです。東京への一極集中が進めば進むほど、逆に地方の価値に気づく人が増えると予想しています。
だからディヴェロッパーとして、地方を魅力あるものに作りかえていきたいんです。
「森と蔵」のような2拠点生活用の住居、それからオフィスも作りたいんです。快適に仕事ができるサテライトオフィスのような場所をつくれば、行き詰まっているときにも気分をかえて仕事ができます。令和の参勤交代の仕組みがつくれたら最高ですね。

同時にコンテンツも増やしていきたいんです。山にMTBのコースをつくったり、ドッグランやハーブ園をなども考えています。ここは東京から日帰り圏ですから、暮らし以外の場も提供したいと思っています。

住居でもオフィスでも、あるいはレジャーの場でも、ここに来るきっかけになる場所をつくって、たくさんの人に来てもらいたい。地方と都市がらせん状につながるような事業を手がけていきたいですね。

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